食料や医療やエネルギーといった人々の生死や貧困の撲滅や生活の向上に直結する分野でイノベーションが起こらずに、その結果が『ヒルビリー・エレジー』に描かれるような、繁栄から取り残された労働者たちだとするなら、そもそもテクノロジーの進歩になんの意味があるだろう? 『綻びゆくアメリカ』の中でティールはすでに、取り残され分断された労働者や貧困層のことを指摘しながら、「政府の失敗」を鋭く突いていた。社会が政府の規制でがんじがらめな時に、イノベーションがいかに不発に終わるかといった事例を探すのに、僕ら日本人はわざわざ国外に目を向けなくてもいいはずだ。そしてついにティールは、そこに本格的な戦争をしかけたわけだ。. ティールは国や中央銀行の通貨発行権を奪おうとペイパルを始めたけれど、いまやブロックチェーンの技術でそれは現実になろうとしている。社会的弱者や貧困を救うために、行政には所得再分配の機能があるけれど、社会的正義をダイナミックに実現しているのは今やゲイツ財団であり、ザッカーバーグの財団、LLCであり、テクノロジーを使った「効果的利他主義」のムーブメントだ。公衆衛生? 心配しなくてもいい。数多のスタートアップがあなたの寿命伸長とウェルビーングの面倒を見てくれるようになるだろう。.
ティールの若者向けスタートアップ・ファンドを紹介するアレクサンドラ・ウルフの近刊『20 Under トランプ 意味 答えがない難問に挑むシリコンバレーの人々』には「必要なのは許可か、謝罪か?」という章がある。かつてテック企業が規制当局とぶつかるのは独禁法に抵触したからだった。それがいまではAirbnbやUberをはじめ、破壊的イノベーションのどれもが既存の既得権益を侵害してまっさきに当局とぶつかることになる。だからスタートアップにとっては、予めロビイングして許可をとっておくか、あるいはステルスで市場を席巻してデファクトスタンダードになってからグレーや真っ黒な規制違反を謝るか、といった選択を迫られるわけだ。実際、シリコンバレーでは今、政界とのコネクションを持つロビイストの需要が高止まりしているという。. たとえばAIについては、専門家たちが集まってAIの研究・倫理・将来の危険性について「アシロマAI 23原則」にまとめ、スティーブン・ホーキングやイーロン・マスクやレイ・カーツワイルらがそれに賛同している。もはや一国の政府や民意ではテクノロジーをコントロールできず、また国家という単位がますますアイデンティティの拠り所として内向きのナショナリズムを喚起する中で(国家とは結局のところ、ウェーバーの言うところの「暴力の独占」だけがその機能になるのかもしれない)、こうした動きが「政治という民意反映プロセスを越えたエリートの暴走」なのか、「政治という機能不全を回避した新たな地球規模での意思決定プロセス」なのかは、まさに「ティール的問題」として議論が分かれるはずだ(こうした会議を主導するのも、それにトランプの政権移行チームも白人男性ばかりだという事実も気に留めておいていい)。.
だがメディアが「フェイク・ニュース」だ「オルタナ・ファクト」だと相変わらずリベラルな議論を続ける中で、いまトランプのアメリカで起こっていることは、そしてティールが目指していることは、つまりはそういうことなのだ。 (本文敬称略). 松島 倫明:編集者、NHK出版 放送・学芸図書編集部編集長。手がけた主な著書に、デジタル社会のパラダイムシフトを捉えたベストセラー『FREE』『SHARE』『MAKERS』『シンギュラリティは近い』『ZERO to ONE』『限界費用ゼロ社会』『〈インターネット〉の次に来るもの』がある一方、世界的ベストセラー『BORN TO RUN 走るために生まれた』の邦訳版を手がけて自身もトレイルランナーとなり、いまは鎌倉に移住し裏山をサンダルで走っている。. Next Visionary. 松島倫明 Jun. 関連記事: ピーター・ティール ドナルド・トランプ 共和党 シリコンバレー. Popular All BI トランプ 意味. AI最適化で「1カ月分の計画を10分で立案」出光のタンカー配船計画の裏側に見える、AI業界の未来 三ツ村 崇志 [編集部] Mar. 一晩で差別発言忘れる時代は終わった。ウーマノミクスのキャシー松井氏が見た20年 西山 プラグマティック and 滝川 麻衣子 [編集部] Mar.
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